結論から書く。建物明渡しの強制執行は、申立てから断行(実際の追い出しと荷物撤去)までおおむね1か月半、費用は間取りによってワンルームで10〜20万円、2DK〜3DKで40〜60万円が現実的な相場だ。しかもこの費用は原則として大家が先に立て替え、後から入居者や連帯保証人に請求する構造になっている。私は大家歴15年で収益不動産を複数棟(9棟)保有しているが、この15年で明渡しの強制執行を最後まで断行したのは3件、途中の催告段階で相手が折れて自主退去したものを含めれば6件を経験した。「訴訟で勝てば出ていく」と思っている大家は多いが、実際には判決を取ってからが本番である。本稿では、機械設計エンジニアとして数字で工程を管理してきた私の視点から、申立て→催告→断行という3段階の期間と、執行官・執行補助者・保管にかかる費用内訳、間取り別の総額目安を、事前に見積もれる形で整理する。なお、法制度や費用は2026年時点の運用を前提としており、個別事案の判断は必ず弁護士等の専門家に確認してほしい。
強制執行の前提:確定判決(債務名義)を取るまでの流れ
強制執行は、いきなり始められるものではない。大前提として「債務名義」、つまり裁判所が「この部屋を明け渡せ」と命じた確定判決などの公的書類が必要だ。家賃を滞納された、あるいは契約解除に応じないという状態から、この債務名義を得るまでの道のりが第一段階になる。
内容証明から訴訟提起までの実務
私の場合、家賃滞納が3か月分に達した時点で内容証明郵便による督促と契約解除通知を送る。ここで支払いや退去があれば訴訟には至らない。実際、私が経験した滞納案件の約半数は内容証明の段階で解決した。応答がなければ、滞納2〜3か月分を根拠に「建物明渡請求訴訟」を地方裁判所または簡易裁判所に提起する。訴額(未払家賃と明渡しまでの賃料相当損害金)によって管轄が分かれるが、家賃10万円未満の単身向け物件なら簡易裁判所になることが多い。
訴訟提起から第一回口頭弁論まで約1か月、被告(入居者)が出頭せず争わなければ、そこから2週間ほどで判決が出る。争われなければ提訴から判決確定まで2〜3か月が目安だ。私が最短で取れたケースは提訴から判決確定まで約2か月半だった。逆に、相手が弁護士を立てて争ってきた1件では、和解協議を挟んで7か月を要した。ここで重要なのは、判決が出ても入居者が自主退去すれば強制執行は不要という点だ。判決の送達と確定を待ち、それでも居座る場合に初めて次の段階へ進む。
なお、訴訟の相手方(被告)を確定する段階でつまずく大家も多い。契約者本人が失踪していたり、契約者以外の第三者が住み着いていたりすると、被告を誰にするかで訴訟の組み立てが変わる。私が経験した築古アパートの1件では、契約者は退去済みで内縁の同居人だけが残っていた。この場合、契約者への明渡し判決を取っても同居人には効力が及ばず、占有者不明のまま断行に進めない恐れがある。こうしたケースでは「占有移転禁止の仮処分」を先行させ、占有者を固定してから本訴を起こすのが定石だ。仮処分には別途10〜20万円の費用と保証金がかかるが、これを怠ると判決が「絵に描いた餅」になりかねない。訴訟の入口設計は、機械設計で言えば基準面(データム)の設定に等しく、ここがずれると後工程が全て狂う。
費用と時間の初期見積もり
訴訟段階の実費は、収入印紙代(訴額により数千円〜2万円程度)、予納郵券(6千円前後)、そして弁護士に依頼する場合の着手金が20〜40万円ほど。私は最初の1件を本人訴訟(弁護士なし)でやってみたが、書面作成と期日対応に想像以上の時間を取られ、以降は弁護士に任せている。機械設計で言えば「工数を金で買う」判断だ。自分の時給換算で考えれば、明渡し訴訟の本人対応は割に合わないというのが私の結論である。着手金に加えて、明渡し成功時には報酬金として別途20〜30万円程度が発生する契約が一般的なので、弁護士費用は総額で40〜70万円を見ておくとよい。ここまで含めると、強制執行に至った案件の総コストは滞納家賃を除いても100万円規模になり得る。だからこそ、訴訟に入る前の内容証明・任意交渉の段階でどれだけ回避できるかが、大家の収支を大きく左右する。
💡 判断のポイント
判決確定後、相手に「いつまでに任意退去すれば強制執行費用を請求しない」と一筆入れて猶予を与えると、断行に進む前に自主退去する確率が上がる。私の体感では、判決後に2週間の猶予提示をした4件中3件が自主退去した。強制執行は最後の手段であり、その前段で和解的に片付けるのが総コスト最小になる。
3段階の全体像:申立て→催告→断行で約1か月半
債務名義を得て、それでも入居者が出ていかない。ここからが強制執行の本番だ。工程は大きく①申立て ②催告 ③断行の3段階に分かれ、全体でおおむね1か月半かかる。機械設計のプロジェクトと同じで、各工程の所要日数を把握しておかないと、次の入居者募集のスケジュールも家賃収入の逸失計算も立てられない。
各段階の所要期間
私が実際に管理した工程を平均するとこうなる。申立て書類を裁判所の執行官室に提出してから、執行官との日程調整を経て「明渡しの催告」が約2週間後。催告日から「断行(強制執行の実施)」が約1か月後。つまり申立てから断行完了まで合計6週間前後だ。下表に典型的なタイムラインをまとめた。
| 工程 | 起点からの日数 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 強制執行の申立て | 0日 | 執行官室へ申立書提出・予納金納付 |
| 執行官との打合せ | 3〜7日 | 催告日・断行日の日程調整 |
| 明渡しの催告 | 約14日 | 室内確認・残置物調査・断行日告知 |
| 断行(強制執行) | 約45日 | 解錠・荷物搬出・明渡し完了 |
期間が延びる要因
この目安はあくまで標準ケースだ。実際には執行官室の混雑状況で前後する。都市部の大規模庁だと催告日の予約が3週間先になることもある。私が横浜市内の物件で申し立てた1件では、年度末で執行官のスケジュールが埋まっており、申立てから催告まで24日、断行まで通算52日かかった。逆に地方の小規模庁では、申立てから断行完了まで38日で終わった案件もある。「1か月半」は中央値であって上限ではないと考え、空室期間の逸失家賃(家賃6万円なら1か月半で約9万円)も損失計算に織り込んでおくべきだ。
なぜ催告と断行を分けるのか
「なぜ一気に追い出せず、催告と断行の2段階を踏むのか」と疑問に思う大家は多い。これは法が入居者に最後の任意退去の機会を与えるためだ。催告日に「あと1か月で断行する」と告知することで、その間に自主的に出ていく余地を残している。実務上、この1か月の間に退去する入居者は一定数いる。私の3件の断行申立てのうち1件は、催告後3週間目に入居者から「引っ越します」と連絡があり、断行日を待たずに部屋が空いた。この場合でも解錠費用や催告分の実費は発生するが、大掛かりな運搬・処分費は回避できた。催告は追い出しの予告であると同時に、和解の最後のトリガーでもある。だから私は催告日以降も、連絡が取れる相手には粘り強く任意退去を促す。
申立ての実務:必要書類と予納金
強制執行の入口である申立ては、書類の完備が全てだ。ここでミスがあると差し戻され、また日程が後ろにずれる。機械設計の図面出図と同じで、抜け漏れゼロで一発通過を狙う。
必要な書類
基本的な提出物は、①強制執行申立書、②債務名義の正本(確定判決正本など)、③執行文の付与を受けた書面、④送達証明書、⑤当事者目録・物件目録、⑥資格証明書(法人の場合)や委任状だ。特に見落としやすいのが執行文の付与と送達証明で、これらは判決を出した裁判所の書記官に別途申請して取得する。判決正本を持っているだけでは強制執行はできない。私は最初の申立てでこの執行文取得を忘れており、執行官室の窓口で「これでは受理できません」と言われて出直した苦い経験がある。
予納金の金額
申立て時には予納金を裁判所に納める。これは執行官の手数料や実費に充てる前払い金で、間取りや荷物量にもよるが6万円〜8万円程度が目安だ。単身向けワンルームなら6万5千円前後、ファミリー向けで荷物が多いと見込まれれば8万円台になることもある。この予納金は使い切らなければ後日精算・返還されるが、断行時の作業費が予納金を超えれば追加納付を求められる。予納金はあくまで「執行官まわりの費用」であり、後述する執行補助者(運搬業者)への支払いは別建てだという点を、費用計画で混同しないでほしい。
⚠️ 失敗談
私は2件目の申立てで、物件目録の部屋番号を「201」と書くべきところを募集図面の旧表記「2A」のまま記載してしまった。債務名義の記載と一字でも食い違うと執行官は動けない。訂正のため再提出となり、催告日が9日後ろ倒しになった。その間も滞納は続き、逸失家賃が積み上がる。書類は債務名義の文言と完全一致させること——設計図の寸法公差と同じで、ここに「だいたい」は許されない。
催告日にやること:立会い・解錠・残置物リストアップ
申立てから約2週間後の催告日は、強制執行の中で大家が最初に現場に立ち会う日だ。この日は追い出しそのものは行わないが、断行の成否を左右する重要な工程が詰まっている。
催告日の具体的な流れ
当日は執行官が現地に赴き、大家(申立人)またはその代理人が立ち会う。入居者が不在でも手続きは進む。まず解錠技術者が鍵を開けて室内に入る。執行官は室内の占有状況を確認し、居住実態があるか、第三者が住んでいないかをチェックする。そのうえで残置物(部屋に残された家財)をリストアップし、写真を撮る。最後に室内の見やすい場所に「公示書」を貼り、断行日(約1か月後)を告知する。この公示書には「この日までに退去しなければ強制的に荷物を運び出す」という趣旨が記される。所要時間は物件の広さにもよるが、ワンルームで30分、ファミリー物件で1時間ほどだ。
大家がこの日に判断すべきこと
立会いと解錠の段取り
大家側の準備として重要なのが鍵の手配だ。オートロック付き物件なら共用部の解錠方法、室内ドアの鍵種類(ディンプルキーか通常のシリンダーか)を事前に執行官へ伝えておくと当日がスムーズに進む。スペアキーを大家が保管していても、催告日より前に無断で入室するのは自力救済にあたり絶対にやってはいけない。損害賠償を請求される側に回り、せっかく取った判決の立場を自ら崩すことになる。解錠はあくまで執行官の権限のもと、催告日・断行日に解錠技術者が行うのが原則だ。私は催告日には筆記具・メジャー・カメラの3点を持参し、間取り図に残置物の位置を書き込みながら30分で実測を終える段取りを組んでいる。また、当日の入居者との遭遇に備え、感情的なやり取りは一切せず会話は執行官経由に徹すると決めている。過去に1度、催告日に在宅していた入居者から罵声を浴びたが、執行官が間に入ることで手続きは粛々と進んだ。現場での衝突は何も生まない。
催告日は、断行時の費用を見積もるための情報収集の場でもある。私は必ず同行する執行補助者(運搬業者)に立ち会ってもらい、その場で荷物量を見てトラック台数と作業員数の見積もりを取る。冷蔵庫・洗濯機・タンス・大型家具の数、粗大ごみの量をメモし、断行費用の概算を固める。催告日に見た荷物量が、そのまま最終的な処分費・運搬費に直結するからだ。私が経験した2DKの案件では、催告日に「思ったより物が多い、2トントラック2台は要る」と判明し、当初20万円台と見込んでいた断行費が結果的に38万円に膨らんだ。催告日は費用の実測日だと位置づけている。
費用の内訳:予納金・執行補助者・解錠・運搬・保管・処分
強制執行の費用は一枚岩ではなく、複数の項目の積み上げでできている。機械設計の見積書と同じで、項目ごとに単価と数量を把握すれば総額のブレを抑えられる。ここが本稿の核心だ。
費用項目ごとの内訳
主な費用項目を分解すると次のようになる。①予納金(執行官手数料等)6〜8万円、②執行補助者(運搬作業員)費、③解錠技術者費、④トラック費、⑤保管費、⑥処分費。このうち②〜⑥は執行補助者を通じて手配・支払いするのが一般的だ。下表に私の実案件をもとにした標準単価を示す。
| 費用項目 | 金額の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 予納金(執行官手数料等) | 6〜8万円 | 余剰は返還 |
| 解錠技術者 | 1.5〜3万円 | 催告・断行の2回分 |
| 執行補助者・作業員 | 1人1.5〜2万円/日 | 荷物量で人数増 |
| トラック | 1台3〜5万円 | 2トン車基準 |
| 保管費(1か月) | 3〜10万円 | 荷物量に比例 |
| 処分費 | 3〜15万円 | 粗大ごみ量で変動 |
なぜ費用が読みにくいのか
費用が事前に確定しにくい最大の理由は、荷物量が変数だからだ。同じワンルームでも、単身赴任でほぼ空室に近い部屋なら作業員2名・軽トラ1台で終わり総額12万円で済む。一方、ゴミ屋敷化した部屋だと作業員6名・2トン車2台・特殊清掃が必要になり、ワンルームでも30万円を超える。私が扱った最も高額な断行は、ファミリー物件でペット飼育跡と大量の残置物があり、処分費と原状回復を含めて総額58万円に達した。機械設計の見積もりで言えば「材料費は仕様で決まるが、加工の手戻りは現物を見るまで読めない」のと同じ構造だ。
費用を見積もるためのチェックリスト
私は催告日に次の項目を数える。この定量チェックが断行費の見積もり精度を決める。①冷蔵庫・洗濯機・エアコンなど大型家電の台数、②タンス・ベッド・ソファなど大型家具の点数、③段ボール換算での小物量(10箱単位)、④粗大ごみ・不用品の山の数、⑤特殊清掃の要否(悪臭・害虫・液体汚損の有無)、⑥搬出経路の難易度(階段のみか、エレベーター有りか、前面道路にトラックを寄せられるか)。特に⑥は見落とされがちだが、3階の階段のみの物件だと作業員が1〜2名増え、それだけで3〜4万円上振れする。私は催告日にこの6項目を紙に書き出し、執行補助者に同じ紙を見せて相見積もりを取る。設計のBOM(部品表)と同じで、数量が確定すれば単価×数量で総額が読める。曖昧なまま断行日を迎えると、当日「トラックが足りない」という最悪の手戻りが起きる。
間取り別の総額目安と変動要因
ここまでの項目を積み上げると、間取り別の総額感が見えてくる。大家が事前に資金を用意しておくべき金額の目安として整理する。
間取り別のレンジ
私の実案件と業者ヒアリングを踏まえた総額目安はこうだ。ワンルーム・1K:10〜20万円、1LDK〜2DK:25〜40万円、2DK〜3DK:40〜60万円。3LDK以上のファミリータイプで荷物が多ければ60万円を超えることもある。この金額には予納金・執行補助者費・運搬・保管・処分がすべて含まれる。断行後の原状回復(クロス張替えや清掃)は別途で、私はここをDIYで対応して業者費用の1/5以下に抑えている。強制執行費用そのものは業者手配が必須でDIYの余地は小さいが、その後の原状回復こそ大家の腕の見せどころだ。
総額を左右する3つの変数
費用の振れ幅を決めるのは、主に次の3点だと私は整理している。第一に荷物量——これがトラック台数・作業員数・保管費・処分費のすべてに効く最大の変数だ。第二に立地と庁の混雑——都市部は解錠技術者や作業員の単価が地方より2〜3割高い。第三に特殊事情——ゴミ屋敷、ペット、孤独死跡などがあると特殊清掃費が5〜20万円上乗せされる。私は催告日にこの3変数を必ず現物で確認し、断行費の見積もりを±10%以内に収めるようにしている。設計と同じで、事前の実測精度が最終コストの読みを決める。
💡 判断のポイント
断行費用を抑える現実的な手は「荷物量を減らす」こと。私は催告日以降、入居者や連帯保証人に連絡が取れる場合は「断行前に荷物を自分で運び出せば処分費30万円が浮く」と伝える。相手にとっても私物を捨てられずに済むメリットがあり、実際に2件はこの交渉で荷物の大半が自主搬出され、断行費が半減した。
残置物の扱いと動産執行の併用判断
断行日に部屋から運び出した荷物(残置物)をどう処理するかは、法的に決められた手順がある。ここを誤ると後々トラブルになるため、執行官の指示に従って進める。
換価価値の有無で分岐する
残置物は換価価値(売ってお金になる価値)があるかどうかで扱いが分かれる。価値ありと判断されたものは、断行日にその場で執行官立会いのもと売却手続きに回されることがある。実務上は、申立人である大家自身が「買受人」として名目的に買い取り、その後まとめて処分するケースが多い。価値なしと判断されたものは処分する。ただし断行日にすぐ捨てられるわけではなく、一定期間(1か月程度)保管したうえで処分するのが通常の流れだ。この保管費が地味に効いてくる。
動産執行を併用するか
換価価値のある家財が多い場合、動産執行を併用して残置物を差し押さえ、売却代金を滞納家賃の回収に充てるという選択肢もある。ただし現実には、中古家電や家具の換価価値は驚くほど低い。私が動産執行を検討した案件で、執行官と業者の見立ては「まとめて売っても数千円、運搬・売却の手間を考えれば持ち出し」というものだった。動産執行は回収手段として期待しすぎない方がいいというのが私の結論だ。よほど高価な家財(貴金属、業務用機材など)が確認できる場合を除き、私は動産執行を併用せず、明渡し断行に専念する方針を取っている。手続きを増やせばその分だけ費用と時間が積み上がるからだ。
保管の落とし穴と実務の工夫
処分と決めた残置物でも、断行日に即廃棄はできず、一定期間の保管が原則だ。この保管をどこで行うかで費用が変わる。倉庫業者に預ければ月3〜10万円かかるが、私は空室になった同じ物件の別の一室や、自己所有の物置を保管場所に指定することで保管費をほぼゼロに抑えたことがある。執行官に「保管場所は申立人が用意する」と申し出れば認められる場合が多い。ただし保管中に紛失・毀損があると責任問題になるため、写真台帳を作り施錠管理を徹底する必要がある。私は保管品を一点ずつ撮影し、番号を振ったリストを執行官にも共有した。この一手間が、後日の「私の貴重品がなくなった」というクレームを封じる。設計でいうトレーサビリティの確保だ。保管期間満了後は執行官の許可を得て処分し、その処分費を最終精算に計上する。
費用回収の現実と、保証会社・早期和解の価値
最後に、大家にとって最も重要な論点——立て替えた費用は回収できるのか、を直視する。結論を先に言えば、強制執行費用の回収は極めて困難だ。
請求はできるが回収は別問題
強制執行にかかった費用は、法的には入居者(債務者)に請求できる。連帯保証人がいればそちらにも請求可能だ。しかし、そもそも家賃を払えずに強制執行まで至った入居者に、数十万円の執行費用と滞納家賃を支払う資力があることは稀だ。連帯保証人も、親族が高齢だったり本人と同程度の経済状況だったりして、回収に至らないことが多い。私の3件の断行案件で、費用を全額回収できたのはゼロ件。一部でも回収できたのは連帯保証人が資力のある1件のみで、それも半額程度だった。滞納家賃と執行費用を合わせた損失は、1件あたり数十万円〜100万円規模になる。
損失を防ぐ仕組みづくり
だからこそ、事後の回収に期待するのではなく、事前の仕組みで損失を防ぐことが決定的に重要になる。私が9棟の運用で徹底しているのは次の2点だ。第一に家賃保証会社への加入を入居条件とすること。保証会社に加入していれば、滞納が発生しても保証会社が家賃を立て替え、法的手続きや明渡し費用の一部を負担する商品も多い。私は現在、全戸で保証会社加入を必須にしており、これを始めてからの5年間、自腹での強制執行はゼロだ。第二に早期和解を優先すること。滞納が始まったら塩漬けにせず、2〜3か月の段階で動く。強制執行まで行くと1か月半の空室と数十万円の費用が確定するのだから、多少の引っ越し費用を負担してでも早期に任意退去してもらう方が、トータルでは安く済む場合が多い。
保証会社を選ぶ際にも判断軸がある。私は「明渡し訴訟費用・強制執行費用まで保証範囲に含むか」を必ず契約書で確認する。単なる家賃立替だけの安いプランだと、いざ強制執行という段で費用は全額大家負担になり、保証の意味が薄い。保証料は家賃の0.5〜1か月分/年が相場だが、訴訟・執行費用までカバーする手厚いプランを選ぶ価値は十分にある。実際、私が保証会社加入必須に切り替える前の5年間で自腹を切った強制執行費用の合計は約130万円だった。仮に全戸で年間保証料を上乗せしても、この130万円のリスクを移転できるなら安い投資だと判断した。機械設計で言えば、故障率の高い部品に冗長系を持たせるフェイルセーフ設計と同じ考え方だ。滞納という故障モードは必ず一定確率で起きる前提で、その被害を封じ込める仕組みを最初から組み込んでおく。
数字で見る「早く動く」価値
機械設計者として費用対効果で考えれば答えは明快だ。滞納を6か月放置して強制執行に至れば、滞納家賃36万円(月6万円×6)+執行費用30万円+空室1か月半9万円=約75万円の損失。これに対し、滞納2か月で動いて引っ越し費用10万円を負担して任意退去させれば、損失は滞納12万円+10万円=22万円で済む。差は50万円以上。強制執行は制度として知っておくべき最後の砦だが、そこに至らせないマネジメントこそが大家の腕だと、私は15年の運用で痛感している。
まとめ:工程と費用を事前に見積もり、そこに至らせない
建物明渡しの強制執行は、確定判決(債務名義)を得たうえで、①申立て→②約2週間後の催告→③約1か月後の断行という3段階を踏み、全体で1か月半を要する。費用は予納金6〜8万円を軸に、解錠・執行補助者・トラック・保管・処分が積み上がり、総額はワンルーム10〜20万円、2DK〜3DK40〜60万円が目安だ。荷物量が最大の変数であり、催告日の現物確認で見積もり精度が決まる。残置物は換価価値の有無で売却か処分に分かれ、動産執行の併用は回収期待が薄いため慎重に判断したい。そして最大の現実は、これらの費用の回収は極めて難しいということ。だからこそ保証会社への加入と早期和解という予防策の価値が際立つ。私自身、全戸保証会社加入に切り替えてから自腹の強制執行はなくなった。強制執行の工程と費用を正しく見積もれる大家は、同時に「そこに至らせない」判断もできる。本稿がその両輪の一助になれば幸いだ。なお、個別の手続きや費用、税務上の損金処理については2026年時点の一般論であり、実際の対応は弁護士・税理士等の専門家に必ず確認してほしい。
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